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作品情報

「高士養素図」 富岡 鐵齊(とみおか てっさい)(京都府)

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作者
富岡 鐵齊(とみおか てっさい)

作品名
「高士養素図」

技法
日本画

形態
軸装

【略歴】
(重)(帝技)富岡 鐡斎(富岡鉄斎)<とみおか てっさい>
天保7年(1836年)~大正13年(1924年)
京都新町三条の法衣店「十一屋伝兵衛」の子として生まれる。
持病である難聴の為、商人には不向きとして聖護院の太田垣連月の下に預けられ国学や儒学、漢詩など学問を学ぶ。
本名は猷輔、後に百錬。
字は無僊。
号は裕軒、鐡斎、鐡史、鐡荘、鐡崖、鐡生、鐡道人など多数。
絵画にも興味を持ち学問の合間で絵画技術の向上に精進していた。
27歳のころに聖護院蓮月旧居跡に私塾を開き学問を教え始める。
生活苦により画業との両立をはじめ(この頃から百錬と改名、雅号にも百錬を使用)当時の中堅文人画家として名が知られるようになる。
山中静逸や江馬天江などとも親交を深め共に国事にも奔走している。
西園寺公望が創立した立命館の講師に招かれ指導、教育業をする傍ら師、蓮月の詩に自分の画を書き加えた共同作品を制作する。
大和石神神社(奈良県)の宮司、和泉鳳神社の宮司(大阪府)なども務めている。
47歳にして本格的に画業に従事して大和絵、写生画、文人画、写生画、装飾、洋画、水墨、琳派、南画とすべてのジャンルの研究、模写を網羅する。
多彩な色彩を用いて大胆で抽象性の高い筆致を基本とした当時として他に類をみない鉄斎画を確立する。
1917年に帝国美術院会員、19年に帝室技芸員に任命されている。
代表作に「阿倍仲麻呂明州望月図(重文指定)」「円通大師呉門隠栖図(重文指定)」「旧蝦夷風俗図」「不尽山頂全図」「ニ神会舞図(東京国立博物館蔵)」など。
大正13年歿。
88歳。

※実際の画像に近い状態ですが、ご覧頂いているモニターによって色・質感が異なって見える場合がございます。また、照明の関係で額装のガラスに撮影スタッフが写り込んでいる場合があります。あらかじめご了承ください。

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