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作品情報

小村 大雲(おむら たいうん)「蘭亭曲水」(島根県) ※長丈幅

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作者
小村 大雲(おむら たいうん)

作品名
「蘭亭曲水」

技法
日本画

形態
掛軸

素材
絹地に岩絵の具

サイズ
縦幅
全体:タテ234×ヨコ65.5cm
※※縦の長さは上部の掛ひもを含みません。横幅の長さは軸先を含みません。
(作品:タテ144×ヨコ50.8cm)

状態

 

備考
軸先は象牙軸です。

共箱です。※二重箱付き。
※共箱とは:作者自身のサインがされ、作品名と押印がされた箱のことです。

※本作は昭和4年(=己巳・1929年)に描かれた作品です。
※昭和8年(=1933年)の東京美術俱楽部・売立目録掲載品です。

永和九年歳在癸丑暮春之初會于會稽山陰之蘭亭脩禊事也群賢畢至少長咸集此地有崇山峻嶺茂林脩竹又有清流激湍映帶左右」引以爲流觴曲水列坐其次雖無絲竹管絃之盛一觴一詠亦足以暢叙幽情是日也天朗氣淸惠風和暢仰觀宇宙之大俯察品類之盛所以遊目」騁懷足以極視聽之娯信可樂也夫人之相與俯仰一世或取諸懷抱悟言一室之内或因寄所託放浪形骸之外雖趣舎萬殊靜躁不同當其欣」於所遇暫得於己快然自足曾不知老之將至及其所之既惓情隨事遷感慨係之矣向之所欣俛仰之閒以爲陳迹尤不能不以之興懷況脩短」隨化終期於盡古人云死生亦大矣豈不痛哉毎覧昔人興感之由若合一契未嘗不臨文嗟悼不能喩之於懷固知一死生爲虚誕齊彭殤」爲妄作後之視今亦猶今之視昔悲夫故列叙時人録其所述雖世殊事異所以興懷其致一也後之覧者亦將有感於斯文

昭和己巳歳首夏大雲山人作於枕流荘且書

(永和九年、歳は癸丑にあり。暮春の初め、会稽山陰の蘭亭に会す。禊事(けいじ)を脩むるなり。群賢ことごとく至り、少長みな集まる。この地に、崇山峻嶺、茂林脩竹(しゅうちく)あり。また、清流激湍(げきたん)ありて、左右に映(えい)帯(たい)す。引きて以て流觴(りゅうしょう)の曲水とし、その次に列坐す。糸竹管絃の盛なしと雖も、一觴一詠、また以て幽情を暢叙するに足る。この日や、天朗らかに気清く、恵風和暢せり。仰いでは宇宙の大を観(み)、俯(ふ)しては品類の盛んなるを察す。目を遊ばしめ懐(おも)ひを騁(は)する所以にして、以て視聴の娯しみを極むるに足れり。信(まこと)に楽しむべきなり。それ人の相与(とも)に一世に俯仰するや、或いはこれを懐抱に取りて一室の内に悟言し、或いは託する所に因寄して、形骸の外に放浪す。趣舎万殊にして、静躁同じからずと雖も、その遇ふ所を欣び、暫く己に得るに当たりては、快然として自ら足り、かつて老のまさに至らんとするを知らず。その之(ゆ)くところ既に惓み、情の事に随ひて遷るに及んでは、感慨これに係(かか)れり。向(さき)の欣ぶところは、俛仰(ふぎょう)の閒に、以(すで)に陳迹となる。なほこれを以て懐ひを興さざる能はず。況んや脩短(しゅうたん)の化に随ひ、終に尽くるに期するをや。古人云へり、死生もまた大なりと。豈に痛ましからずや。毎(つね)に昔人の感を興すの由を覧(み)るに、一契を合せたるがごとし。未だかつて文に臨んで嗟悼(さとう)せずんばあらず。これを懐(こころ)に喩ること能はず。固(まこと)に死生を一にするは虚誕たり、彭殤(ほうしょう)を斉しくするは妄作たるを知る。後の今を視るも、またなほ今の昔を視るがごとくならん。悲しいかな。故に時人を列叙し、その述ぶるところを録す。世殊にこと異なりと雖も、懐ひを興す所以は、その致(むね)一なり。後の覧る者も、またまさにこの文に感ずるあらんとす。

昭和己巳歳首夏、大雲山人、枕流荘に於いて作りかつ書す

(訳)

永和九年癸丑、暮春の初めに、会稽郡山陰県に集まった。禊を行うためである。賢者がことごとく至り、老いも若きもみな集まった。この地には高い山や険しい嶺、茂った林や長い竹がある。さらに清流や早瀬があり、美しい風景の彩りがあたりに照り映えている。その流れを引いて、流觴の宴(杯を曲がりくねった水に浮かべ、自分の前に流れてくるまでに詩を作る宴)のための曲水とし、人々はそのかたわらに、順序よく並んで坐った。管弦のにぎやかな音楽はないけれども、一杯の酒と一首の詩は、これもまた深く静かな思いを述べあらわすのに十分である。この日、空は晴れて空気は澄み、春風が穏やかに吹いている。仰げば広大な宇宙が見え、見下ろせば万物の盛んなさまがうかがえる。こうして、目を遊ばせて思いをのびのびとめぐらし、存分に目で見、耳に聞く喜びを味わうことができる。まことに楽しいことである。いったい、人はみな、俯仰の間にも等しい短い一生を送るのだが、胸に抱く思いを、一室の中で友人と向かい合い、うちとけて語る人もあれば、志の赴くままに、世俗の束縛を無視して奔放に生きる人もある。このように人の生きかたはさまざまで、静と動の違いこそあるが、めぐり会った境遇を喜び、自分の意のままになるとき、人は快く満ち足りた気持ちになり、老いが我が身に迫ろうとしていることにもまるで気づかない。しかしながら、やがて得意が倦怠に変わり、心情も事物に従って移ろいゆくと、嘆かずにはおれない。かつての喜びは、ほんのつかの間のうちに過去のものとなってしまう、これだけでも感慨を覚えずにはおれない。ましてや、人のいのちはしだいに衰え、ついには死が定められていることを思えばなおさらである。古人も「死生はまことに人生の一大事」といっているが、なんとも痛ましいことではないか。古人が感慨を催したその理由を見ると、いつもまるで割り符を合わせたかのようにわたくしの思いと一致していて、その文章を読むたびに痛み嘆かずにはいられず、ただ共感するばかりで、死を痛む我が心をさとし納得させることができない。死と生をひとつのことだとするのはいつわりであり、長寿と短命を同じとするのはでたらめであることがよくわかる。後世の人々が現在の我々を見るのは、ちょうど現在の我々が昔の人々を見るのと同じであろう。悲しいことである。それゆえに、いまここに集う人々の名を列記し、その作品を記録することにした。時代は移り、事情は異なっても、人が感慨を覚える理由は、けっきょくはひとつである。後世の人々もまたこの文に共感するにちがいない。(王羲之「蘭亭序」)

昭和四年四月、大雲山人が枕流荘において作り書す

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年中・祝事

【略歴】
小村大雲 おむら たいうん

明治16年(1883年)-昭和13年(1938年)
島根県平田市に生まれる。
名は権三郎。字は厳座、子荘。
豊文、碧雲湖畔人、赤松子、豊瑞、豊花等と号す。
都路華香・山元春挙に師事。
文部省美術展覧会で入選、特選となる。
後に委員、審査員など歴任する。
昭和13年歿。56歳。

※実際の画像に近い状態ですが、ご覧頂いているモニターによって色・質感が異なって見える場合がございます。また、照明の関係で額装のガラスに撮影スタッフが写り込んでいる場合があります。あらかじめご了承ください。

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